〔柱の広場〕Plaza of Columns Complex
（関連…ティカルの失われた世界、南ティカル）
ご注意……〔柱の広場〕と〔南ティカル〕は、観光の対象とはなっていません。〔柱の広場〕は発掘中断の埋め戻しがなされていますし、〔南ティカル〕は過去も現在も立ち入り禁止です。私が提示できる写真もわずかです。しかしながら、西暦378年に関わるかもしれない貴重な情報が論文群から読み取れます。それにはもちろん、貴重な図版が多数が載っています。書籍をご購入なされるなり、ネットで検索なりすると、それをご覧になれます。主だった文献を上げておきます。
１、TEOTIHUACAN, THE WORLD BEYOND THE CITY 2020 Chapter 5…The Maya at Teotihuacan? New Insights into Teotihuacan-Maya Interactions from the Plaza of the Columns Complex by杉山名和他
２、ALTERNATIVAS DEL CLASICO TEMPRANO EN' LA RE1ACION TIKAL-TEOTIHUACAN: GRUPO 6C-XVI, TIKAL, PETEN, GUATEMALA
by JUAN PEDRO LAPORTE MOUNA 1989
３、A Teotihuacan complex at the Classic Maya city of Tikal, Guatemala by Cambridge University 2021
４、Spearthrower Owl: A Teotihuacan Ruler in Maya History by David Stuart 2024
下の写真の階段と基壇の向こう側（西）に、〔柱の広場〕が広がっています。
茶色のエリアの250×300mが、調査対象です。波線で囲まれた6ケ所が重点的に発掘されています。他はまだ地表観測のみで、実線で表示された建築物の基礎の痕跡があります。朧気ですが、主広場のすぐ北に、東西の建築軸がありそうです。その中央、〔柱の広場〕のほぼ真ん中に高いマウンドがあり、もしかすると、そこに主神殿があったかもしれません。
建築物25c……古い時代の神殿跡のようで、鷲、クモ猿、緑石装飾品、貝製品が出土しています。交易の結果です
奉納D1……土器の儀式的焼却剥片が、新たな床の下に埋納されていました。厚さ1mのその層は西に続いています。697剥片のうち、62%が背景色がワインレッドのテオティワカン様式、38%が背景色が青のマヤ様式。
建築物44……細長い基壇の行政／神殿住居。おそらく広場50を管轄。
広場50……L字基壇で区切られ、主中庭より3.4m高い。5回再建され、漆喰仕上げの床。アクセス制限は高度。
人骨……大量の生贄の人骨が埋納。
論文は、建築物44に元々あった壁画が剥がされて、破壊されて、奉納D1となった、という仮説を立てています。その中にマヤ様式の壁画の剥片が38%も含まれていたことは、単に異国情緒のテイストを配したのではなく、壁一面を超える広さのそれがあった、ということでしょう。また、マヤ壁画の剥片群は、〔テティトゥラ〕でも報告されています。マヤの職人が滞在して描いたと推察されます。壁画は長期間掲げられますから、長期間マヤのエリートが滞在していた、ことと繋がります。テオティワカンの建築物にそれが許されるには、特別な状況があったからだと考えられます。
広大なペテン地方には数多のマヤ都市国家があります。統一国家はありませんので、マヤ全域からの代表という立場はありえません。では、どの都市国家だったのでしょうか。一つの微かなヒントが論文で、提示されています。〔柱の広場〕の一つの壁画剥片のジャガー神の耳の上の膨らみが、ティカルの石碑29（西暦292年建立）のそれにとても似ている、というのです。
「テオティワカンは、ある特定のマヤ都市国家との特別な関係があったのか」と問えば、答えは、「西暦378年のティカルの政変」です。それは〔到着〕と呼ばれています。本当にそうだったのか、考古学的証拠／状況証拠を見ていきましょう。ならば、テオティワカンとの関連性の上で、1,000km離れたティカルでは何が起きていたのでしょうか。
今日、神殿1と2、壮大な〔北のアクロポリス〕を含む大広場が観光客の目をひきます。それらが建ち始めるのは西暦300年以降です。
上図の黒色……紀元前600年〜西暦250年まで、〔失われた世界〕はティカルの唯一の中心地でした。5C-54は敷地の西端にあり、東側の5D-84、86、88と「E-Group」が組まれていました。
上図の茶色……西暦250年に、5C-49と5C-53が新築されます。450年になっても5C-51, 52, 6C-25, 5C-24が建ちます。全て、タルー・タブレロ建築様式でした。
西暦600年までは、大広場と並立し、600年〜700年…使用封印されます。サクベも徐々に閉鎖されます。
上図の青色……700年〜950年にエリートの住居と墓地利用がなされます。
950年に、ティカル全体が崩壊します。
１、西暦250年の前
大ピラミッドはおそらく、ティカルで最古の石造建築物です。紀元前600年の高さ3m、南北23mの神殿を覆いながら、4回の更新を受けて西暦250年に高さ31m、南北72mまで巨大化されました。各層の増築時に墓室が設けられました。盗掘により詳細は不明です。西面階段の上部の左右に、巨大なジャガーの仮面があります。
↑大ピラミッド5C-54。
加えて、西暦100年に、東側に5D-84, 86, 88の小型の神殿が建てられます。大ピラミッドの東側の階段から、3つの小神殿越しに夏至冬至春分秋分の日の出を観測できるようになりました。この4つの建築物をまとめて、考古学では〔Ｅグループ〕と呼びます。
〔Ｅグループ〕はメソアメリカ各地で見つかっており、例えば、〔ワシャクトゥン〕、〔モンテ・アルバン〕、テオティワカンの〔城砦〕にあります。春夏秋冬や雨季乾季の変化を視覚的に捉えるための儀式の場でした。しかし考えてみれば、それを知るのに、神殿4棟は要りません。地面に一個の石を置き、東に棒を3本立てれば、必要な情報は得られます。が、儀式化する必要性が認められた時代だったのでしょう。
細かい建築も含めて現存する〔失われた世界〕の東半分が完成しました。次に、西暦250年に西半分が建築されます。
２、西暦250年の後
西半分には6つの建築物が西暦600年までに建設されました。全て、タルー・タブレロ建築様式でした。最も大きな建物は5C-49で、西暦250年に高さ7m、幅21mの最初の層が建築され、最後の高さ16mの第5層が600年に建てられました。
↑タルー・タブレロ建築様式の神殿5C-49。
〔Ｅグループ〕とは異なり、季節の変化とは無関係の建築です。もちろん、何らかの神に関わる建物ですが、それが、タルー・タブレロの衣に包まれることを、西暦250年以降のティカルのエリート層が望みました。
ざっと述べてきた紀元前600年から西暦600年までの1,200年間に〔失われた世界〕は様々な様相を見せたようです。
１、ティカルのエリートたちの最古の営みの場であり、名も知れぬ王／女王たちがここにいました。
２、西暦378年頃、すでに建っていた5D-89あるいは6D-11に設けられた墓室に、ムワーン・ホル王、チャク・トク・イチャーク1世の遺体が埋葬された可能性が高い、といくつかの報告書が述べています。
３、西暦378年頃、〔北のアクロポリス〕の初期の建設が進み、そこの大広場への土手道が建築され、そして、閉じられる事態となります。
４、ティカルの中核部は大広場の周りへ移り、〔失われた世界〕は、エリートの住宅地及び墓地として利用され、祭祀はほとんど執り行われなくなりました。
ここで、〔南ティカル〕を俯瞰します。
〔南ティカル〕の1.4×1.1kmの狭い範囲には、数十の建築物複合体があります。規模の大小はありますが、概ね、三方あるいは四方を神殿等で囲まれた広場を持ちます。
小高い丘とその裾野が連続する地形で、雨季には裾野は冠水します。よって農地は豊かで、季節的に制限されていても農業生産量は集約的で十分に多かった、と推測できます。
上の地図に記した建築物複合体はGroupと呼ばれ、そのうち15箇所が発掘されています。半分ほどに、西暦250年以前の建築物が見当たらず、残りの半分は600年以前のそれが出土しません。
Groupの中心には、現存する石造の神殿／住居があり、おそらくは「領主」とでも呼ぶべき人物がいて、その周りに、平民の植物と泥の家が散らばっていたのではないでしょうか。西暦600年までは〔北のアクロポリス〕は二次的な神殿／住宅でしたから、もしかしたら、ティカル政府を支えるという重要な役割を担っていた地域だったのかもしれません。
Group 6D-03
近年発表されたRidar画像は、驚くべき姿を映し出しました。太い茶色の部分は、6D-40, 106がテオティワカンの〔城砦〕の外周基壇に相当し、6D-105は〔羽毛の蛇のピラミッド〕とそっくりです。緑の波線で示した〔城砦〕の、約20%のミニチュア版に見てとれます。
また、東端の最も盛り上がった部分から、斜めの壁面が出土しました。写真を見ると、その角度は、テオティワカンで見慣れたタルー部分に似ています。
他のGroupは南北0°建築軸か、おそらくは地形のために若干のずれが認められます。興味深いことに、Group 6D-03はちょうど15.5°の建築軸を持ち、たまたまかもしれませんが、西の正面は1,000km西のテオティワカンの位置を指しています。
発掘は完了しておらず、建築年代も公表されていません。一方、〔月のピラミッド〕や〔太陽のピラミッド〕のミニチュアは、見つかっていません。
次にGroup 6C-16へ行きましょう。そこで〔ティカルのマルカドール〕が発見されました。
Group 6C-16
詳細な発掘が、西暦250年から850年の建築歴を報告しています。明確に増築、改築、新築が見られる変化が西暦550年まで断続し、考古学者は19フェーズに分けました。
これ以前の建築物は、出土しません。無人だったとは考えにくいので、植物と土の家はあっただろうと推測します。
西暦350〜378年のフェーズ03に新築されていた祭壇48に、マルカドールが建立されました。
マルカドールは、わずか11年間しか人目に触れていませんでした。
マルカドールMarcador（別名…ティカル・マーカー）
長年に渡り、マルカドールは球儀の的かもしれない、と囁かれていました。近年では、「槍投げ器（＝アトラトル）を模した戦旗を表した石像」だという意見が増えています。
↑（表面）↑（裏面）↑（2人）at グアテマラ国立博物館。
ティカルで、ほとんど全く損傷や溶解がない石碑は稀です。11年間しか風雨に晒されていなかったからでしょう。表面の羽毛の下の局面に、上の写真の３枚目に彫り込みがあります。絵文字の内容からして、どちらかが〔シヤフ・カック〕で〔槍投げフクロウ〕です。マルカドールは、6C-16の領主がこの二人を表現した彫刻です。
↑at グアテマラ国立博物館。
絵文字を要約してみましょう。
表面……西暦378年1月16日、〔シヤフ・カック〕は、西から18人（の戦士）を伴い、ティカルへ〔到着〕した。
裏面……西暦374年4月16日、「５つの山」で第４代王として即位した〔槍投げフクロウ〕は、〔トラロック神〕の盾を持ち、シヤフ・カックの18戦士とともに、〔到着〕した。このティカル・マーカーは、414年1月24日に、〔灰色狐〕が建立した。
Group 6D-05
〔失われた世界〕からマデイラ貯水池を挟んで、150m南東に位置します。簡素な論文によれば、西暦250年に建築が開始され、後に11回の改修が施されました。70年後、6D-05は大きな破壊を受けました。その年である320年に、ウネン・バラム女王が退位させられています。58年が過ぎ、378年に6D-05が再建されます。最終的に950年に廃棄されました。
明確な年代測定は提示されていないのですが、700年間のどれかの時点で、これも写真がないのですが、ウネン女王の図像が彫られた欠片が出土した、と報告されています。石碑31に刻まれる1つの図像、2つの絵文字にとてもよく似ていたのだろうと、私は想像してしまいます。
次は、425年のマルカドール埋納から20年後に建立された石碑31です。
西暦445年建立…ティカルの石碑31
↑↑↑↑at 人類学博物館（テオティワカン室、レプリカ）。
建立は西暦445年で、当時のティカル王、シャフ・チャン・ カウィール２世が、自分（マヤ衣装）と父王ヤシュ・ヌーン・アイーン１世（テオティワカン衣装）の姿を刻ませました。左右面の上部と裏面全部に彫り込まれたマヤ文字は、以下の時系列の出来事を記しています。
↑↑at 人類学博物館（テオティワカン室、レプリカ）。
石碑31の裏面の要約
378年1月14日……「5つの綿の山」から、〔シヤフ・カック〕がティカルへ到着。同日、当時のティカル王チャク・トク・ イチャーク１世が死去。
378年10月24日……父王〔アイーン1世〕がカルームトになる
379年9月11日……父王が即位。〔シヤフ・カック〕が摂政。
395年5月17日……〔シヤフ・カック〕が死去？？？
404年6月16日……父王が死去。
（間の6年間は王不在）
411年11月25日……本人王〔カウィール２世〕が即位。
これを、ティカル王名表と対比させてみます。なお、厳密な即位年、退位／死去年が判明しているわけではなく、論文により若干の差異があります。また、〔失われた世界〕の建築物から推察すると、紀元前600年から王、支配者、権力者、中心人物がいなかったとは言いきれません。ヤシュ・エーブ・ショークがティカル初代王だというニュアンスの文を見かけますが、断定するにはもっと資料が必要でしょう。
また、先王が死去してから新王が即位するまで数年の間を置くのが普通だったようです。そして先王と新王の縁戚関係は、複数証拠で確定されているわけではありません。なお、王名表の中の「█」は、石碑31で言及される回数です。
090年〜110年…ヤシュ・エーブ・ショーク█
150年前後…嵐の空1世
200年…葉のジャガー（ヤシュ・エーブ・ショークの息子？）█
250年前後…王名不詳
280年〜300年…動物の頭飾り
300年頃…キニチ・エーブ
307年〜310年…シヤフ・チャン・カウィール1世
317年〜320年…ウネン・バラム女王（先王の娘？）█ █ █
320年…ライデン板に刻まれた支配者？？？
330年〜359年…キニチ・ムワーン・ホル
360年〜378年…チャク・トク・イチャーク1世（先王の息子？）█ █
379年〜404年…ヤシュ・ヌーン・アイーン1世█ █ █ █ █ █ █ █ █ █ █
母…〔キニチ王女〕（マヤ名）█
父…〔槍投げフクロウ〕█ █ █ █ █（おそらく439年死去）
摂政…〔シヤフ・カック〕█ █（おそらく403年死去）
411年〜456年…シヤフ・チャン・カウィール2世（建立者本人）（ウネン・バラム女王の父と同名！）█ █ █
458年〜486年…カン・チタム（先代の子？）
「私、シヤフ・チャン・カウィール2世は、以下の方々と密接な関係を持っております」という表明です。一方、〔カウィール２世〕の祖父である〔槍投げフクロウ〕と父の摂政である〔シヤフ・カック〕が殺害した〔イチャーク1世〕は憎むべき敵であったはずですが、彼も記されています。おそらくは、石碑31建立時は、〔到着〕から67年を経ており、〔イチャーク1世〕系列の勢力は皆無だったはずですし、〔ウネン女王〕を理不尽にも排斥した〔ホル王〕の息子である〔イチャーク1世〕を排除したのは栄誉だ、という考え方を示しているのかもしれません。
ここで〔シヤフ・カック〕と〔槍投げフクロウ〕に焦点をあててみましょう。
↑〔シヤフ・カック〕↑〔槍投げフクロウ〕 on 石碑31 at 人類学博物館（テオティワカン室、レプリカ）。
〔シヤフ・カック〕
生年は不明。
378年に〔到着〕。
379年に摂政に就任。
建立年不詳……エル・ペルー・ワカEl Peru Waka遺跡の石碑15に「西暦378 年1月8日、立ち寄る」。
建立年不詳……エル・ベフカルEl Bejucal遺跡に「393年7月21日」「ユネ・バラム Yune' Balam王は、シヤフ・カックらしき人物の臣下であった」。
建立年不詳……リオ・アスールRio Azul遺跡の石碑1に「393 年3月25日」、「サック・バラム Zac Balam 王と、シヤフ・カック」。
380〜400年建立……ナーチトゥンNaachtun遺跡の石碑24に「363年6 月13 日」、「378 年1 月13 日14日15日」「コウモリの神聖王（クフル・スーツ・アハウの称号）は、シヤフ・カックのヤハウテ（家臣・戦争指揮官）」
建立年不詳……エル・サポーテEl Zapote遺跡の石碑5に「シヤフ・カックは420年に死去」。
建立年不詳……ワシャクトゥンUacactun遺跡の石碑5に「378年1月13日、ディカルのシャフ・カック （が到着した）」、504年12月7日にワシャクトゥン王が建立の石碑22に「378年1月13日を記念する」。
395年か403年に死去。
〔槍投げフクロウ〕
生年は不明。
378年に〔到着〕。
379年に、息子が即位。
439年、死去と推定。
〔シヤフ・カック〕と異なり、414年にティカル・マーカーに刻まれたことを除き、379年から439年までの61年間の痕跡が残っていません。後に、441年建立の石碑31に刻まれました。その間、ペテン地方に遠出した石碑は残っておらず、380年に表舞台から退いたような印象を受けます。
〔到着〕と息子の即位の時点で、〔投げ槍フクロウ〕は脚光を浴びたでしょう。しかし、もしかして、379年以降、〔アイーン1世〕の治世下、西から来た父よりも、〔ウネン女王〕の孫であるという血筋が重視された、というふうにも読めます。ひょっとしたら、6D-05か6C-16かで静かに暮らしていたのかもしれません。
439年の死去という囁きを事実だと仮定すれば、何歳まで生きたことになるのでしょうか。
379年に即位した息子の〔アイーン1世〕には摂政が設置されていますので、10歳前後だったと考えてもおかくしはありません。〔槍投げフクロウ〕は20歳で父になったとすると、〔到着〕時には30歳だったかもしれません。そうなると誕生年は349年で、90歳で死去した、という計算がされてしまいます。一方、〔シヤフ・カック〕の死去年は395年とされています。
確固たる数字は、靄の向こうにあります。が、〔槍投げフクロウ〕は〔シヤフ・カック〕よりかなり若年だったろう、と感じられます。
ティカルについて、長くなりました。後に〔北のアクロポリス〕が発展する前の時代のティカルを俯瞰すれば、ティカルのエリートたちは、自分たちの都市国家よりも壮大なテオティワカンを見聞きして、憧れていたのではないでしょうか。西暦250年以前に〔失われた世界〕の東半分を自分たちのセンスで建築し、西暦250年以降は、西半分にタルー・タブレロを取り入れました。また、〔南ティカル〕の領主たちもテオティワカンに目を向けていた、と言えそうです。この憧れが、〔到着〕に繋がったようにも感じられます。
