トラロック神God Tlaloc(1-03)

　別名は〔雨と雷の神〕あるいは〔嵐の神〕です。〔トラロック〕はメソアメリカに昔からあるナワトル語の一つです。

　人は生きるために水を必要とします。農産物や魚類を育んでくれるのは、雨であり、湧水であり、海です。水を差し置いて、ジャガーや蛇を最優先の神として扱うわけにはいきません。

　人間が集団として水に敬意を払うために、何らかの目に見える形が必要です。テオティワカンを含むメソアメリカの人々が年月をかけて、作り上げた造形が、以下の写真に撮られています。

第一世代のデザイン……飛び出た眼球

　↑onトラパコヤ遺跡（紀元前2300年〜前100年） at人類学博物館。onテオティワカン（年代不詳） at人類学博物館。↑↑↑↑

　第一世代の〔トラロック神〕は図像全体に表現されます。飛び出した眼球が、西暦200年前後に少しずつデザイン変更されて、飛び出てはいないけれど真ん丸な表現に変化していきます。

第二世代のデザイン……〔ゴーグル〕と〔太い円〕

　次の世代の表現は、太い丸が並び、まるで〔ゴーグル〕のように見えます.

１、〔羽毛の蛇のピラミッド〕の〔シパクトリ〕の〔ゴーグル〕

　〔シパクトリ〕はワニに似ていると言われています。顔面下部の2本の牙の上の、横長の装飾品は鼻飾りで、その奥に、両目があります。その上部に、両目の間に、平な〔太い円〕が2つ並んでいます。これが、第二代の〔トラロック神〕の象徴です。

　↑〔羽毛の蛇のピラミッド〕（西暦200年〜378年）の〔トラロック神〕。

　〔羽毛の蛇のピラミッド〕の装飾は、波や貝殻、魚に満ちていますので、水と関連させたかったのでしょう。

２、戦士の〔ゴーグル〕

　人間の戦士や司祭も、〔トラロック神〕の神力を帯びることを好みました。左〔ゴーグル〕の右下にある同じような太い丸は耳飾りです。頭飾り、首飾り、そして枠取りの帯にも、〔太い円〕のバリエーションが描かれます。

　↑〔アテテルコ〕壁画（西暦350年以降）。黒曜石のナイフを手に、戦士が舟に乗っている。

３、コパン遺跡の祭壇Qの〔ゴーグル〕

　現ホンジュラスにある都市国家コパンは、ティカルによって西暦426年に創立されたという解釈が固定しています。当時のティカル王朝は、後述するように、テオティワカンと特別な関係を帯びていました。

　祭壇Qは、西暦776年に建立され、初代王が刻まれています。彼は、テオティワカンによく見られる羽根飾りとゴーグルを身につけています。

　↑初代コパン王on祭壇Q atコパン石彫博物館。

４、帯状の枠の中の〔太い円〕

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　↑〔ピューマの壁画〕。↑〔〔太陽のピラミッド〕の外壁。

　私は、〔太い円〕に、どういう意味が込められているのか、抽象的過ぎて判断しかねていました。多くの壁画の枠の中に並べてあるので、単なる幾何学模様であるはずはありません。

　最初、円の内部は空洞／穴であり、円周が緑色なら貴重な緑石／翡翠のビーズだろうと想像していました。穴には植物繊維の紐が通され、主に首飾りが作られます。ビーズの一個一個をバラして並べた姿が、転じて、希少な物の象徴を表現している——。

　私はガイドに、〔ピューマの壁画〕の前に立ち、かなり目立つ〔太い円〕を指差して、「あれはバラしたビーズ、あるいは貴重な何かを象徴しているのですよね」ときいてみました。
　現地ガイドがしばし間をおいて言いました。
　「ああ、そういう見方もあるのですね。あれは〔トラロック神〕だと解釈されています。メソアメリカの文明を描いた子供用の絵本を読んだことがあります。なぜ、丸が〔トラロック神〕なのか——。真上から水滴を垂らすと、水面に広がるのは円形の波です」

　私は仰天しました。〔太い円〕は様々な色と大きさで、数千個、数万個がこの都市に記されています。実は、テオティワカンは〔トラロック神〕だらけなのでしょうか。

　なお、〔トラロック神〕と〔水の女神〕はどちらも水を表現します。ですが、表しているものは、〔トラロック神〕の水は、空から激しい雨、波打つ激流であり、〔水の女神〕のそれは穏やかに流れる水を表象しているようです。