近隣集合住宅とは何か(1-04)
Neighboring apartment complex
私の徒歩観光の地図では、青色の四角でマッピングしてあります。近隣集合住宅の平均43m四方の棟は2,000前後があると言われています。テオティワカン・マッピング・プロジェクトの地図を眺めると、納得します。ただし、1近隣集合住宅コミュニティーは平均9棟で構成されていたと思われます。そのうちの1棟だけでもきちんと発掘された数は、私が知る限り、13だけです。約6.5%。以下に、特徴を記しておきます。
１、立地……
都市の中心街ではなく、その「近隣」にある「集合住宅」です。〔死者の通り〕から概ね1km以上離れており、都市部の外縁に幾つも存在しています。
２、建築物……
近隣集合住宅は、平均43m四方の区画（＝棟）を複数持ち、内部が細分化された棟には50人前後が住めます。一つの棟は高さ3m程度の外壁で囲まれており、出入り口は1つか、2つ。棟どうしが狭い通路で隔たっており、5〜10 区画が、正方形のブロック・タイルのように整然と隣接し合っています。棟が集まって、一つのコミュニティーが形成されます。棟それぞれの営みには役割があり、神殿（宗教）、共同厨房、工房、上位者の住居、下位者の住居に分かれています。
３、住民……
近隣集合住宅のいくつかの、主に神殿の棟の床下に、少なくない墓があります。ストロンチウム同位は、遺骨のほとんどがテオティワカン出身者ではないことと示しています。つまり、移民です。
墓の副葬品は、テオティワカンの外の文化色を帯びています。出身地から運び込まれた陶器、あるいはそれに似せてテオティワカンで制作された陶器が多く見られました。
メソアメリカの各地から移民しているという結果が出ています。かといって、棟の総数の約2,000の地域から来ているということではありません。平均9つの棟が一つのコミュニティーを構成しますので、2,000÷9＝概ね200の移民コミュニティーが存在します。テオティワカンへ移住してきた住民の出身地数は、200を超えないと想像されます。
移住者たち一人一人には、流動性があるようです。数少ないストロンチウム分析では、埋葬された遺体の幾つかがが遠い故郷で生まれ、成人をテオティワカンの近隣集合住宅で過ごし、一旦は故郷へ戻り、晩年にテオティワカンへ戻り墓に入る、というケースも散見されます。
移住は誰かが命令したのでしょうか。故郷の支配者がテオティワカン政府との契約において、移住家族を指名した可能性はないわけではありませんが、その強制移住命令を示す証拠は残っていません。一方、ある一族が、故郷での営みに将来性を感じられずに移住してきたとも考えられます。死者が多く出て、近隣集合住宅の棟内の区画に空きが出れば、故郷に残っている親族が連絡を受けて、募集されたとも考えられます。
別の例として、〔商人のバリオ〕の埋葬分析では、男性はマヤのペテン地方に属し、女性はテオティワカンに属する割合が多いと報告されています。これは、マヤ地方からの男性職工／交易人が、紡績に勤しむテオティワカン女性と結ばれた例だろうという類推がなされています。
４、近隣集合住宅どうしの関係……
近隣集合住宅ごとに、その工房の製造品は異なっていたようです。陶器や装飾品、骨壷、香炉、黒曜石加工品などで、家庭用から地元のエリート用、広域交易用まで、品質の大きな差がありました。
装飾品の原料は、その近隣集合住宅のルーツである故郷との売買／輸送のパイプを通じて輸入していたのでしょう。黒曜石の産地ならそれ、海岸部なら貝類、ペテン低地なら翡翠、緑石、ケツアル鳥の緑の羽、オアハカ盆地なら雲母、陶器の色付けの岩石など、その他、考古学がまだ確証をつかんでいないだけで、メソアメリカの至る所から、素材がこの都市の近隣集合住宅の工房に搬入されたことでしょう。
さらに、海岸部に繋がる工房が貝を準備し、マヤと親しい隣の近隣集合住宅の工房から翡翠を融通してもらえれば、より豪華な胸飾りを作れます。また、陶器制作において、誰かがあみだした釉薬の最新素材と工芸の手法が、お互い様ということで知識と技術を教え合うこともあったでしょう。そのような近隣集合住宅の横のつながりは、テオティワカンの産物のレベルアップを加速していったはずです。
マヤ地方を含む遠方の都市国家の墓に、明らかにテオティワカン産と判断される優れた三脚土器などが副葬されています。その品は、テオティワカンの特定の近隣集合住宅からの広域交易団から物々交換したか、遠方の都市国家のエリートが「憧れ高き神聖な都市」へ巡礼し、故郷への「貴重な土産物」として持ち帰った物と推定されています。
５、住民と政府……
埋葬儀式は出身地のそれに準じたと推測されます。でも建築デザインは、約200の近隣集合住宅で、ほとんど変わりません。おそらくは、雑然と建っていた家屋集団に対して、西暦200年の前には、テオティワカン政府は建築資材や労働力を移民コミュニティーに提供し、都市計画の全体の方針に従わせたと考えられます。
同様に、政府軍への徴兵や、巨大建築物建設事業やそこでの全都市的な祭祀には、動員が義務付けられたと推測されます。つまり、政府は、近隣集合住宅内での冠婚葬祭は出身地に応じた姿を認めるが、それ以外は、全体都市計画にしたがってもらう、という決め事があったと思われます。
なお、観光散歩で取り上げるように、テパンティトラ、テティトゥラ、アテテルコのように、近隣集合住宅ごとに、壁画のタッチは大きく異なります。その近隣集合住宅の住民のうちの上手な書き手が、先代の描画技法を引き継いだと思われます。近隣集合住宅どうしでの画家の貸し借りは行われていなかったように見えます。
６、広域交易団の護衛団と政府軍……
戦争をしなくても専業戦士は存在したか、という問いに対し、オルメカ文化に関する論文で面白い指摘がありました。紀元前1500年〜前900年まで続いた、オルメカ文化最初の巨大集落のサン・ロレンツォ・テノチティトラン遺跡では黒曜石の工房が見つかっています。そこでの加工品が、主にメキシコ湾岸に出回りました。広域交易の始まりでしょう。
交易団は黒曜石の加工品という宝を背負って、数百kmを移動します。途中、山賊に襲われる可能性は高かったはずです。武力には武力で対抗せざるを得ませんから、商人の他に護衛団が必要です。この護衛が戦士に転じたはずだ、と指摘してます。
テオティワカンという社会は、その渓谷で農業をのんびり営んでいただけではなく、メキシコ盆地の大小の農村集落を支配下に置いていました。例えば、西暦600年頃に建設されるトゥーラ・グランデTula Grande遺跡の前身のトゥーラ・チコChicoは大きな農村でしたが、テオティワカンの勢力下にあったことは報告されています。ワパルカルコHuapalcalco遺跡、カリストラワカCalixtlahuaca遺跡も同様です。
メキシコ盆地の至るところから強制的に農産物を運び込ませたから、都市生活を送る12万人を食べさせることができたと言えます。工房で利益をもたらす製品を生み出すために、膨大な食料を必要としたとも言えます。
それには当然ながら、圧力が必要でした。威圧力の担い手は、近隣集合住宅の護衛団ではなく、テオティワカン政府軍だったと思われます。発掘しても、常設政府軍の詰所、居住地、訓練所らしき区画は、見当たりません。おそらくは臨時編成だったのでしょう。
壁画や陶器の図像から察すると、黒曜石のナイフを手にし、盾を抱えた戦士がいたことは間違いありません。では、何人の編成だったのかと気にはなりますが、不詳です。大雑把な計算として、近隣集合住宅コミュニティー（おそらく200ぐらい）と中心街神殿／住居（おそらく20ぐらい）から10人ずつ駆り出されたら、（10人×220団体）で、たちまち2,200人の政府軍が編成されます。そして、遠征が終われば、政府軍は解散し、戦士たちは自らの近隣集団住居へ帰宅した、かもしません。
