王はいたのか？

１、王墓はどこに？

　メソアメリカのマヤ都市国家を訪れるツアーに参加すれば、その遺跡には高いピラミッドが必ずあり、それは王の墓であり、内部深くに王の遺体が眠っていた、とガイドされます。パレンケPalenque遺跡なら、碑銘の神殿地下のパカル王墓が典型です。

　↑パカル王墓の再構成。at 人類学博物館。

　ほぼ同時代のテオティワカンの都市人口は、大きめのマヤ都市国家のほぼ２倍なので、さぞかし豪華な副葬品を伴った王墓があったはずだ、と思ってしまいます。ところが、何冊読んでも、生贄の墓はありますが、王墓らしき墓は報告されていません。

　〔月のピラミッド〕の第1層が建立された西暦100年から崩壊する550年までに450年という長い年月が流れました。世代交代が25年で生じるとして、18人の王がいたはずです。王の合葬は考えにくいので、18の王募が造られたはずで、1932年からの発掘でその一つも見つかっていないとは、一体どういうことなのでしょうか。

　また、これからいくつかの壁画を紹介していきますが、「ただ一人の中心人物が描かれる」図像は一つもありません。ほとんど同じ姿の司祭たち、戦士長たちが、スタンプが押されたように連続して「行進」するかのように描かれています。突出した個人がいない——。

　↑〔テパンティトラ〕の「行進する司祭たち」。

　一方、1000km離れたマヤ文化圏に象形文字があり、主に石碑に、王の名前、即位年、戦勝記念の内容が刻まれたことは、交易を通じて知っていたはずなのに、ここにはありません。

　誰であれ、名前を持っていたでしょうから、マヤ文字、あるいはその方言を使って表記できたはずです。が、見当たらない。テオティワカンという社会が、個人名をひけらかすことを意図的に避けたからではないか——。

　1990年あたりから、主に若手の考古学者たちが少しずつ、「もしかしたら、テオティワカンに支配者、王、独裁者という存在はなかったのではないか」と言い出しました。で、代わりに提案されたのが評議会制です。続けて、それなら、評議員は何人だったのか、テオティワカン内のどこに住んでいたのかまで言及されます。

　曰く、３つのピラミッドがある程度の広さの地域のそれぞれの象徴だったなら、3人。

　↑〔月のピラミッド〕、〔太陽のピラミッド〕、〔城砦〕。

　いやいや、都市は〔死者の通り〕と〔太陽のピラミッド〕を東西に横切る線で4分割されているように見えないこともないし、テオティワカンに散らばっている「四弁の花」からも連想されるように、4人。

　↑黒破線で、強いて四分割したマップ。↑右は〔羽毛の貝の神殿〕。

　うーん、12万人に3〜4人なんて少なすぎる、という意見も出されます。隅々まで建築様式が浸透しているのだから、隅々から評議会に参加し、理解と合意が保たれていたはずだ——。

　あいにくと、評議会議事録の粘土版は出土していませんし、「評議会員の家」らしき紋章も確認されていません。各仮説の説得力には程度の差がある、ということしか見えてきません。それに、西暦350年以降は、3大ピラミッドの増築が行われず、逆に、「中心街神殿／住居」の建築物の豪華さが増してきます。加えて、「近隣集合住宅」の連中にも国政に臨席する権利がなければ、まとまりはなくなったはずだ——。

　ここで、遠くの村落から見たテオティワカン政府からの威圧を考えてみましょう。政府は12万人に増えてしまった都市人口を支えるために、メキシコ盆地中の農業集落から、食料を運び込んでいました。その搬入記録は出土していませんが、〔サクアラ近隣集合住宅〕の壁画の〔トウモロコシを運び込む司祭〕が補強資料となりえます。

　↑〔トウモロコシを運び込む司祭〕at 人類学博物館。

　他所様のトウモロコシを得るために、テオティワカン政府はどんな手段を採用したのでしょうか。

　物々交換の可能性はあります。黒曜石、薄いオレンジ色の陶器、村落のリーダーたちが喜ぶ彩色三脚土器、劇場型香炉も差し出したのでしょう。でも、現地にそれらしき遺物はほとんで出土していません。同時に、武力制圧も考えられます。仮に100km離れた農村が、様々な物資をテオティワカンから受け取るにしても、雨が少なく収穫量が減ってしまった、ということはありえます。去年のようにトウモロコシ10,000本を渡してしまったら、自分たちが飢えます。6,000本で勘弁してもらえないか、と打診するはずです。そんな申し出を受け入れたら、自分たちの市民が飢えます。

　ですから、しばしば武力行使を伴った睨みが必要だったはずです。つまり、政府軍の派遣です。