寸劇２…西暦120年のセロ・ゴルド都市計画
若者ペケーレは、西の畑へ水を引く時、もっと上流から、そこの窪地を埋めて水路を築いて、と仲間に指示していた。〔祠の長〕は彼を呼び出して、〔月のピラミッド〕の第2層増築案を尋ねてみた。ペケーレは、第1層の向きを変えてみてはいかがかと思っております、と言った。
そして地面に、23m四方の第1層の平面図を描き、南へ線を伸ばした、真南方向ではなく、わずかに西に傾いている一本の線を引いた。〔祠の長〕は、それは、現状を表しているとわかった。若者は第1層に重ねるように、少し傾けて大きめの第2層を描いた。その南正面の壁は、少しだけ、さらに西に傾いていた。そこから南へ伸びる斜めの一本の線を、さらに西に傾けて引いた。〔祠の長〕の目を見た。
〔祠の長〕は笑って、「続けて良い」と言った。
若者の手は、素早く躊躇なく、地面に絵を描いていった。地面に描かれる設計図は左右と下へ広がり、一眼では捉えきれないほどだった。描かれていく先から、〔祠の長〕は、あれはこう変わる、それは新しく建てられる、これはあれと関連してくるのか、と気づき始めた。
その後の数日間、〔祠の長〕は若者ペケーレと二人だけで話し合った。
数日後、20年前に〔祠の長〕が建築した〔月のピラミッド〕第1層の前に小屋を立てさせた。
時間が迫ると、ペケーレは緊張し始めた。
「大丈夫か」と〔祠の長〕が声をかけた。
「あの方々は、お怒りにならないでしょうか」
〔祠の長〕が間を置いた。
「若い方の〔プレ城砦の長〕はとても頭が回る人物だ。誇りもあるが、周りも見える。年配の〔サーラの長〕には気難しさがあるが、話は理解できる。お前の〔セロ・ゴルド都市計画〕には十分に説得力がある。自信を持て」
二人が小屋に入ってきた。
「〔サーラの長〕殿」と〔祠の長〕が年配者の顔を見て言った。「〔プレ城砦の長〕殿も、お二人ともよくいらしてくれた」
「あなたからの呼び出しには、応じざるを得ないね」と〔サーラの長〕が言った。
「こちらは、私の集落のペケーレだ。彼は用水路造りの中心人物だ」
〔プレ城砦の長〕はちらりと若者を見た。
「今日は、私どもの提案を聞いてもらいたい。答えは、後日で良い」
〔祠の長〕が間を置いて、ゆったりした口調で話し始めた。
「今日、私たちは多勢の避難民を受け入れて、様々な職をこなしてもらっている。かつてないほど、経済が大きく動いている。〔月のピラミッド〕や〔プレ城砦〕、〔サーラ〕で生み出される富も莫大な額だ。それぞれ、立派な建物を建てることが可能になった。
一方、人々はランダムに居住しており、下水がうまく機能しないので、衛生面が心配だ。不衛生が病を生み、それは人口を減らす。道も曲がりくねり、行き止まりがあって、人も物も滑らかに移動できない。
人口は70,000人を超えようとしている。こんな巨大集落は東にもほとんどないと聞く。誇るべき数字だが、景観は、乱雑な集落にとどまっている。住民や外来者が畏敬の念を抱く都市を創れれば、我々の力ともなる。
我々には水が大事だ。水はどこから生まれると、我々は感じているか。北のセロ・ゴルド山だ。あそこが、我々の水の象徴だ。それを敬うことによって、精神的に満たされるだろう」
一旦口を閉じた。
〔サーラの長〕が発言した。
「この谷に、網羅的な上下水路を築いて、サン・フアン川に導こう、という提案かな」
「今夜の話には、それも含まれる。〔月のピラミッド〕の基礎はできた。〔サーラ〕は神殿の集まりに成長している。〔プレ城砦〕も大きな球儀場を持っている。ここまではいい。だが、そうやってきた私たち三人が見落としているものが一つある」と間を置いた。「難民たちの心のケアだ」
「ちょっと意味がわからない」と〔プレ城砦の長〕が口を挟んだ。「我々は彼らを受け入れて、営みを続けさせている。それで不足か」
「今でも彼らは噴火に怯えている」
「あはは」と〔プレ城砦の長〕が笑いだした。「ポポカテペトルに蓋をしようってのかい？」
「精神的には、それに近い」
〔プレ城砦の長〕の目が先を促した。
「これから先は、私が話すとくどくなるので、ペケーレが簡潔に説明する。お二人とも途中で意見したくなるだろうが、最後まで聞いてくれ」
ペケーレが大きく一呼吸して始めた。
１、我々の巨大集落にとって、主神は水でしょう。その源へ方向性を持たせるために、この谷の中心地域の真ん中を、セロ・ゴルドから〔月のピラミッド〕を経て〔プレ城砦〕まで、〔死者の通り〕で一直線に結ぶ。その直線は、真北から南西に15.5度となります。すべての道と上下水路、建築物の外周壁はその建築軸に準じるよう、建築し直します。
２、人口の多くが気にしている火山はポポカテペトルです。それは見えません。でも、64mの高さであれば、南に頂を望めます。そこに、クイクイルコで普及している〔火の老神〕像を置き、祈ることは絵になります。その建物を、〔月のピラミッド〕と〔城砦〕の間に建てます。呼び名は、〔太陽のピラミッド〕に仮定しましょう。
３、〔死者の通り〕は、〔太陽のピラミッド〕の南からサン・フアン川まで5つの半地下式広場を繋ぎます。乾季は球儀場としても使え、雨季には水を張れます。なぜ5つかというと、高低差がありすぎるからです。〔月の広場〕も水を溜めれる低さにして、〔太陽のピラミッド〕の周囲に水路をまわし、〔死者の通り〕を下ろしていきます。サン・フアン川から〔城砦〕の大広場へ水を引き、原始の海を演出できるでしょう。あらゆる機会をとらえて水で都市の姿を変えれば、季節ごとに彩を帯ます」
４、西にオアハカ盆地からの移民が住み始めています。独自のデザインの陶器をこの地の土で造って交易を成立させているようです。各地からの移民の集団住居兼工房を公に承認し、建物を政府が造ってあげれば、メソアメリカ中から移住してくる可能性があります。それはより多くの税を政府にもたらすでしょう。
５、すべての建物はタルー・タブレロで様式化していただくが、巨大になるはずの〔月のピラミッド〕と〔太陽のピラミッド〕は、あの建築方法では自重でもちません。〔プレ城砦〕の神殿も、巨大化するなら、同様です。
６、斜めに流れている〔サン・フアン川〕の流れを、北東部で変え、南へ降ろし、〔城砦〕の手前で西に向かわせます。そうすれば、架ける橋が少なくなり、架ける橋も15.5度かそれに直行させることができます。
７、今は地面で散らばって店を広げている〔グレート・コンパウンド〕を整備し、広域交易の唯一の市場とします。例えば、入場時に持ち込む商品の10%を入場料として受け取り、物々交換の取引量の20%納めさせる。管理のために、〔多階層の建築物〕に協議会市場部門を置く。警備兵を配置します。
８、すると、この街のランドマークは３つになります。「〔月のピラミッド〕、〔死者の通り〕に沿った〔太陽のピラミッド〕、〔城砦〕です」と、ペケーレが一呼吸おいた。「〔城砦〕は、正面を北に向いて、通りの南端を締めることもできます」
９、この三つの建物と他の街並みは、住民と外来者の注目を引くでしょう。そうすると、水の神と火の神の街ですので、巡礼が発生します。遠方の王たちは貢物を持参し、この街の陶器を土産に持ち帰るでしょう。ビジネスが成立します。
ペケーレが口を閉じた。
〔サーラの長〕が尋ねた、「〔祠の長〕殿。この若者が考え出したのか」
「すべてではありませんが、骨格は彼の発想です」
「そして、あんたが納得したんだな」
「はい」
「そんな都市を建築できる財力があるのか」
「70,000人の、入れ替わり立ち替わりの労力と評議会に貯まる財力が、今の私たちにはあります」
〔サーラの長〕が重ねて質問した。
「〔太陽のピラミッド〕とやらの高さは64mと言ったか？ それだと、底面は何メートルになるんだ？」
「200mです。日干し煉瓦で造れます」
「そんな巨大な建物は、今のマヤにもないはずだ。昔、山の中にあったらしいとは耳にしているが——」
「それの管理は、〔サーラ〕にお願いするつもりです」
〔サーラの長〕があんぐりと口を開けた。
「夢はあるが」と、〔プレ城砦の長〕が続いた。「〔月のピラミッド〕から15.5度で道を引っ張ったら、俺のところの建築物5に引っかからないか？ お若いの、すでに確認しているのだろう？」
ペケーレが短く答えた。「そうなります」
「それに加えて、〔プレ城砦〕を撤去して、さらにファサードを北向きに建てろ、と言っているんだな？」
〔祠の長〕が言った。
「〔プレ城砦の長〕よ、あなたのところだけでなく、私の神殿／住居も建て替えて〔羽毛の貝の神殿〕になるし、〔サーラ〕の神殿群も向きを変えなくてはならない。他のすべての評議員の建物もそうだ。同時に、移民たちの住宅や職場も、評議会が資材と労力をやりくりして、マス目状の区画に仕切るようになる。そうすることにより、上下水道は整備しやすくなる。〔城砦〕から北に、つまりセロ・ゴルドに向かって〔死者の通り〕が一直線に貫き、両側には中心街神殿／住居が並び、右に火山封じの祈祷の場となる〔太陽のピラミッド〕がそびえ、北の端に、背後のセル・ゴルド山のシルエットを模した〔月のピラミッド〕を見上げる大舞台が完成する」
〔プレ城砦の長〕が言った。
「今日、明日に完成するか？」
「段取りがすべてだ。まずは評議会での賛同を得ることから始める。すべての計画の詳細が決まるまで、部分的に手をつけるべきではない。この三人の死後、もしかしたら何世代か後に壮大な建築工事が始まると予測している」
しばらく考え込んでいた〔プレ城砦の長〕が言った。「四日後にここに、また集まりたい。それでよろしいか？」
四日後に、〔プレ城砦の長〕が提案したのは以下の通りだった。
１、この都市が一体化して見える方が、強力に他所に圧力をかけられる。
２、〔城砦〕建築費用は評議会予算から、〔月のピラミッド〕の第2層以降の増築と、〔太陽のピラミッド〕なる新発想の建設と、同等の資金を出させる。なお、〔死者の通り〕の南端に場所を移さないし、北向きには新築しない。デザインも任せてもらう。
３、総工事事務所を設ける。３地区から一人ずつと、評議会員から推挙される一人ずつでいいだろう。そうしておかないと、理解と労働力の供出を得にくいから。
４、評議会の多数の地区に、大なり小なり、各交易ルールの交易団を護衛する戦士グループを常時所有させる。いざという時は、合体して、連合軍を、敵対する外部へ派遣する。
提案ではなく、絶対条件だとわかった。どの一つでも却下すれば、〔プレ城砦の長〕は計画全体に賛同せず、セロ・ゴルド構想は日の目を見ないだろう。
〔祠の長〕は、〔サーラの長〕の意見を待った。
「面白い。挑むに十分だ」
