第４部　テオティワカン徒歩観光

　紀元前100年のコミュニティーを推理する

　当時のテオティワカンには、〔トラティルコ〕、〔クイクイルコ〕、〔トラパコヤ〕に比べれば取るに足らない経済活動しか見られません。しかしどんなにコミュニティーが小さくでもトラブルは生じます。例えば、湧水からの細い水路を経て農地へ至る水路管理の問題、農地拡大及び水利権の調整、季節の祭祀の準備や運営、現存していないが、なかったはずはない木造神殿の維持管理など、現代の私たちが政府の法律や隣り近所の不文律を作り、国家／コミュニティーを保っていることと同様でしょう。

　200年間で2,000人が80,000人に増加するとは、自然増を含めて年平均390人ずつ増えていくことです。故郷の旱魃からの離反であれ、火山灰災害からの避難民であれ、毎月33人が「住まわせてくれ」とやってくるのです。農業生産力の貧弱なテオティワカン・コミュニティーにとって脅威だったことでしょう。

　この地のその200年間の、移住侵入者の追い出しや殺戮、焼き討ちなどの痕跡は報告されていない、とだけ記しておきます。

　では北の方から、遺跡を見ていきましょう。

〔ショチトル神殿〕Xochitle

　〔ショチトル神殿〕は、都市の北の〔ゴルド山〕にあります。その衛星写真を見てみましょう。

　↑on Google Earth。ショチトル神殿。

　詳細な論文は未見です。100×50mが発掘されたようです。周囲は樹木で覆われており、補足的な建築物があったとしても、見えません。

　テオティワカンについて語り始めれば、類い稀なる都市設計に触れますし、その建築軸である〔死者の通り〕の角度の解説は必須です。

　一般的には、「人は〔死者の通り〕に立ち、北に視線を向けると、〔月のピラミッド〕の背景に〔セロ・ゴルド山〕が借景のごとく見えます。〔月のピラミッド〕のシルエットは聖なる〔セロ・ゴルド山〕の稜線に似せて建築された」となります。「だから〔死者の通り〕の角度は、真北ではなく、そこから西へ15.5度傾いている」と追加されます。

　でもちょっと待ってください。失礼ながら、〔死者の通り〕に立って概ね北を仰ぎ見ると、〔月のピラミッド〕のまっすぐ向こうには、〔ゴルド山〕はあるけれど、山の象徴たる山頂には向いていないように見えます、そのズレには言及しないのですか、と言いたくなります。

　また、15.5度が設定されたのは、西暦120年の〔月のピラミッド〕の第2層が、西暦100年の第1層の11.5度から変更されて建築された時です。

　遡って、では最初の11.5度はなぜ、11.5度だったのでしょうか。考古学的確証はありませんが、想像をめぐらせてみましょう。

　このサイトはテオティワカンの観光スポットを紹介してきますが、壁画であれ彫刻であれ、そして半地下式中庭であれ、神像そのものであれ、水に関わる表現にたくさん出会います。水をもたらしてくれるのは、天空であり、川であり、泉です。雨は山を滑り川となり、染み込み、泉となります。

　一方、〔死者の通り〕の南方向も山地を向いていますが、途中に指標となる巨大建築物はありません。ですので、西暦100年と120年に、テオティワカン政府が目を向けていたのは〔セロ・ゴルド山〕だけです。

　なお、〔死者の通り〕の真北から時計方向への角度は、文献により、 15.5度、15.3度、15.17度、15度などと表示されています。数字がバラついています。このサイトでは、15.5度を採用しました。

　↑on Google Earth。平面図。

　↑on Google Earth。俯瞰図。

　西暦100年の〔月のピラミッド〕第1層の建築軸は、「左の頂」を向いていました。すぐ右の本当の山頂の方を避けて、そこを向いていたのには、何か確固たる理由があったはずです。例えば、そこに、〔セロ・ゴルド山〕がテオティワカン渓谷に雨水、地下水をもたらす象徴となり得る泉か洞窟があった、とか。水をもたらしてくれるという観点では、山頂に泉はなさそうですから、根拠足りえます。

　では、西暦120年の〔月のピラミッド〕の第2層の建築軸が、〔ショチトル神殿〕が残存している箇所へ向かうようになった理由はなんでしょうか。そこに、新たに湧水量が豊富な泉が見つかったからでしょうか。

　泉の件は私の想像です。が、若干の補強状況証拠があります。

　１、チャルカツィンゴChalcatzingoの２つの丘……

　テオティワカンの南150kmに、紀元前800年〜西暦1300年に継続したチャルカツィンゴ遺跡があります。詳細は省きますが、たくさんの岩絵が刻まれました。

　ところが、背後にある周囲の山には岩絵は見つかっていません。この二つの丘に聖なる印が刻まれた理由は、仮説として、赤い矢印の方向で見上げた場合、二つの丘からその間に水が流れ、川になり、農地を潤すという概念と一致したため、と言われています。

　二つの丘は大きさが違います。その違いは、どことなく、〔ゴルド山〕の左の頂と右の山頂のバランスに似ています。

　２、〔水の女神〕の頭飾りの窪み……

　テオティワカンの〔月の広場〕周辺で出土した〔水の女神〕の頭飾りの中央に切り込みがあります。

　切り込みの両脇は山で、切り込みは谷で、そこに雨水が集まり、トウモロコシが誕生した、という伝承があります。

　おそらくは、水が故に、西暦120年のリーダーたちは、左の頂と右の山頂の間に、メソアメリカの古よりの概念に基づいて、あると想像したい水を想定して、〔月のピラミッド〕の第2層及び〔死者の通り〕を向けたのではないでしょうか。

　〔ショチトル神殿〕そのものに戻りましょう。ここに誰かが常駐していたか否かは判断できません。もしかしたら、〔セロ・ゴルド山〕に関わる祭儀の時だけ、司祭たちが直線7kmの山道を登って出張して、例えば、夜に火を灯し、〔死者の通り〕に集まった住民へ見せた、ということも考えられます。

　何をしていたのかは不詳でも、何かをする場として〔ショチトル神殿〕が築かれました。